十五夜

 今日は十五夜。我が国中国も中秋節でございます。

 先日、中国の中秋節と日本のお月見文化を比較する授業を行いました。といっても、日本の「お月見」は当地から伝わったものなのですが・・・

 食べ物大好きの私。もちろんメインは「お月見団子」。団子の作り方をPPTで紹介すると、「先生、白玉団子の中に餡は入れないんですか?」と質問が・・・待っていましたとばかりに、きな粉・ゴマ・みたらし・餡子(里芋の皮に見たてて、団子の上にかぶせるタイプ)の味付けを紹介。ここまできたら「おいしそう。食べた~い!」と言う声の嵐。そうでしょう、そうでしょう・・・と、おもむろにタッパを取り出し、手作りしたきな粉味の団子をふるまいました。みんな「おいしい」と喜んで食べてくれました。やはり、「白玉団子、強し!!」です。
 
 フッ、ついに食べ物で生徒をつってしまったか・・・。この後、生徒との距離もぐっと縮まり、親しげに話しかけてくれるようになりました。お礼にと何人かから月餅をもらっちゃいました。

 ところで、日本では「月でうさぎが餅をついている」と言われますが、中国では「月でうさぎが薬を作っている」と言われているそうです。昔話に由来しているとのこと・・・。
 それから月餅を食べるのは、あの丸い形が「家族の輪」を象徴しているからだそうです。家族の絆を重んじる中国ならではで、今日は家族で一緒にテレビを見るなどして過ごす日だそうです。やはり、どの行事にも人々の思いや願いがこもっていますね。

 私は、後ほど、寮の友達と月をめでながら月餅を食べる約束をしています。今日は天気がいいのできれいな月が見られるでしょう。時差があるので、ウクレレカフェのみなさんが一斉に・・・というわけには参りませんが、「各国各地で見ている月は皆同じ」と思えば力もわいてきます。心の距離もそうですが、宇宙的規模で見れば、案外、地理例的距離も近いのかもしれませんね。

 

腑に落ちたこと

「外国で暮らすメリット――といえるかどうかはいささか疑問だけれど――のひとつは、自分が単なる一人の無能な外国人、よそ者(ストレンジャー)でしかないと実感できることだ。僕にとっては外国語で自分をきちんと十分に表現することは実際問題として不可能だし、こちらが言いたいことの二割三割しか相手に伝えられないなんてことは日常茶飯事である。」

「少なくとも僕が日本にいるときにいつも感じさせられた様々な種類のややこしい煩わしさよりは、こういうぎりぎりに個人という資格の上に降りかかってくる直接的な『きつさ』の方が、僕にはまだリーズナブルなものであるように思えるのだ。」(村上春樹)

と、娘の通う補習校で借りてきた村上春樹の本に書いてあった。

一カ月が経ちました

瀋陽での生活も1カ月が経過しました。今、雨が降ってきて結構寒いです。雷もなっています。

Shimaさん、ukulele cafeの提供、ありがとうございます。精神の安定にどれだけ寄与していることでしょう。申し訳ございませんねえ。ほんとになもなも。。

ということで、この一カ月を振り返る写真をいくつかアップいたします。キャプションをご覧いただきながらお楽しみください。ではでは。

 

初説教

今日はJ10の面子に説教をしました。
何度言ってもこそこそメールを見たり、
集中力がすぐに切れるので。

「君たちは携帯を取られたり
オフィスに行かされたり
いちいち言われないと改善できないのか?
自分で善悪の判断がつくだろ。
もうそろそろ先生のテストをするのは
やめたらどうだ?
時間の無駄だろ。
日本語と文化を学ぶためにここにいるんじゃないのか?
俺は日本語を教えるためにここにいるんだ。
俺は悲しいぞ。。。」

みたいなことを英語で言って雰囲気悪くなりました。
ま。私の授業方法も当然未熟なのですが、
それを棚に上げて説教してしまいました。

授業時数について考えてみた

ふと思った。
いまカナダで82分の授業を1日3コマやっていて、
1年でいったい何時間教えるのだろう、かと。
なので、計算してみた。

比較参考として日本での時間数も計算してみた。
持ち時数が週15コマで1年に30週確保できたとして、
(本当は1単位当たり35時間となっているが現状無理)、
年間で15コマ×30週=450コマ×50分=22,500分÷60分=375時間である。
もちろんここにはHRや「総合的な学習の時間」は含まれていないし
放課後の講習や休業中の進学講習なども含まれていない。
あくまでも課業時間内に担当教科を教える時間に限る。
というわけで、私は日本で年間375時間教える。

さて、カナダだが
毎日あるJ20とJ10は前期でそれぞれ94コマ、
この他にJ9の2クラスが1日おきに繰り返される。
94コマ×3クラス=282コマ×82分=23,124分÷60分=385.4時間。
というわけで、私はカナダで半期で385時間、年間770時間教える。

つまり、1年間でカナダで教える時間は日本の2倍以上なのだ。
さらにこちらは夏休みが2カ月あるので、半期といっても5カ月である。。。
カナダで18カ月教えることは、日本で3年教えることに等しい。
「教える」ということにおいて、いま2倍の負荷がかかっているのだから、
なんだか疲れるのは当然だ。
でも、Teacher(教える人)として真っ当だし、幸せなことだと思う。

アルバータ州の先生は30年教えたら、年金全額が出るので退職するという。
22歳で先生になって、52歳で退職できるのだ。
こちらの学校の教頭はいま45歳で、「あと7年で退職だ」と言っていた。
その後はどうするのか問うたところ、
「まあ、死ぬまでまだ時間があるから(笑)、ゆっくり考えるよ」とのこと。
なんだかすべてのOnとOffがはっきりしているなと感じる。